弁護士と学ぶ「社会的にいいこと」を超えるユネスコ探究学習

― 質問によって事実を明らかにし、社会課題の構造を考える ―

2026年7月9日、本校では、GI&T法律事務所の松尾宣宏弁護士を講師としてお招きし、パレスチナ、ヨルダン、カンボジアなどの社会課題を考える特別探究授業をユネスコゼミにて実施しました。

講義の題名は、「『社会的にいいこと』を超えて―パレスチナ、ヨルダン、カンボジア問題を考えるときの武器」です。

今回の授業で松尾弁護士から示されたのは、それぞれの社会問題に対する一つの答えではありません。生徒たちは、法律家が事実を確認し、問題の構造を捉え、判断の土台をつくるために用いる思考方法を学びました。

◯共感だけで終わらず、事実を確かめる

紛争、貧困、難民問題、人権侵害について学ぶとき、「悲しい」「許せない」「助けたい」と感じることは、問題に関心を持つ大切な出発点です。

一方で、松尾弁護士からは、共感だけでは問題の原因や解決の方法にたどり着くことはできないという視点が示されました。

何が起きたのか。
なぜ起きたのか。
誰が、どのような立場で関わっていたのか。
その判断を支える事実や証拠は何か。
ほかの選択肢はなかったのか。

生徒たちは、感情による評価を急ぐのではなく、まず事実を具体的に確認することの重要性を学びました。

◯ 法律家の思考方法を探究活動に生かす

授業では、松尾弁護士が示した「法律・要件・当てはめ・事実・証拠」という法律問題を考えるための五つの視点を学びました。

法律家は、当事者の話を聞くだけで直ちに結論を出すのではなく、どのような事実があり、その事実を何が裏付けているのかを確認します。そして、事実と証拠を往復しながら、問題の全体像に近づいていきます。

この考え方は、法的な問題だけでなく、ニュースや国際問題、社会課題について調査し、自分の考えを形成する探究学習においても重要です。

情報があふれる現代社会では、強い言葉や印象だけに左右されず、情報源を確かめ、事実と意見を区別し、複数の立場から検討する力が求められます。

◯トゥールスレン収容所を題材とした仮想尋問(カンボジア)

授業の後半では、カンボジアのポル・ポト政権下で使用されたトゥールスレン収容所を参考にした、架空の収容施設を題材とする仮想尋問を行いました。

松尾弁護士が収容所の施設長役となり、生徒たちは調査団の立場から、施設内で実際に何が行われていたのかを明らかにするための質問を考えました。

生徒は、まず一人で質問を付箋に書き出し、その後、グループで質問を整理しました。最初の質問では、施設長の立場、指示を出した組織、収容の基準、取調べの方法など、基本的な事実を確認しました。

尋問が進むと、生徒たちは、得られた回答を次の質問につなげていきました。

「取調べが目的であるなら、なぜ十分な食事を与えなかったのか」
「命令に従わなければ、実際にどのような処罰があったのか」
「治安を守るという目的は、本当に達成されていたのか」
「命令した組織と、実際に行動した個人の責任をどのように考えるのか」

生徒たちは、一つの回答をそのまま受け入れるのではなく、複数の証言を結び付け、説明に矛盾がないかを確かめながら、新たな問いを生み出しました。

◯加害と被害を単純化しない学び

今回の仮想尋問では、施設長を単純な「悪人」として断罪することが目的ではありませんでした。

命令に従わなければ、自分や家族が処罰されるかもしれない状況の中で、個人はどのような選択ができるのか。組織や制度の責任と、個人の責任をどのように考えるべきか。恐怖や思想、命令、利益は、人の行動にどのような影響を与えるのか。

生徒たちは、質問を重ねることで、歴史的な人権侵害の背景には、組織、権力、恐怖、思想、個人の判断が複雑に関係していることに気付きました。

被害の深刻さを学ぶと同時に、なぜ人が加害に関わるのかを考えることは、同じ問題を繰り返さないためにも重要です。

◯「問い」を通して社会問題の解像度を高める

今回の授業で、生徒たちは社会問題についての知識を一方的に受け取ったのではありません。

自ら質問をつくり、回答を聞き、そこから次の問いを生み出すことによって、問題の背景と構造を自分たちの力で明らかにしていきました。

「ひどい」「かわいそう」という感想から一歩進み、

なぜ起きたのか。
何を変えれば防ぐことができたのか。
解決を考えるために、どの事実がまだ不足しているのか。

と問い続けることが、社会課題を深く理解し、現実的な解決策を考えるための基盤となります。

◯探究学習・法教育・ESDをつなぐ実践

本授業は、法教育の専門的な思考方法を、国際理解教育、平和教育、探究学習へとつなげる実践です。

生徒が自ら問いを立て、情報を集め、根拠に基づいて判断し、異なる立場について対話する学びは、探究的な学習の基盤となります。

また、平和、人権、公正、責任について考え、複雑な社会課題を自分たちと関係のある問題として捉えることは、ESD(持続可能な開発のための教育)が大切にする学びにもつながります。

 

 

一方的な善意や支援する側の視点だけで社会問題を捉えるのではなく、現地の歴史、制度、人々の立場を事実に基づいて理解することは、本校が取り組むカンボジア学校支援、パレスチナ学校支援、難民女性との協働活動においても欠かせません。

本校では今後も、専門家、国際機関、大学、国内外の学校や関係団体との連携を

通して、生徒たちが世界の課題を傍観せず、事実に基づいて問い、対話し、より公正で平和な社会の実現に向けて行動する力を育む教育活動を推進してまいります。

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