令和5年度 高2 修学旅行<北海道>①

9月25日(月)、高校2年生(A班)修学旅行に出発しました。

今年度より、本校の修学旅行はクラスごとではなく、生徒からなる「トリッププランナー」が中心となって行程を作り、各行程に希望ごとに集まった生徒・教員で出かける形へと変更されました。生徒一人ひとりの、どこに行って何を学びたいのか、何を体験したいのか、という主体的な姿勢を重視しています。

昨年度から動き出していたトリッププランナーのワーキンググループ、実に7つものコースができ、おのおの別々の旅程で3泊4日の修学旅行となります。

この日は前半組(A班)がセントレアを出発、目的地の新千歳空港あるいは函館空港へと飛び立ちました。

空港に到着
バスに乗り込みます

A班・1日目(各コース旅程)

・セントレア⇒新千歳空港⇒松尾ジンギス館本店⇒大雪 森のガーデン⇒層雲峡

・セントレア⇒新千歳空港⇒ルスツリゾート(各自然体験へ)

・セントレア⇒函館空港⇒函館散策⇒青の洞窟クルーズ

ジンギスカン食べます!
昼食風景
支笏湖を望む
ラフティングに出発!
絆が深まりました
青の洞窟をクルージング
カヌー体験に出発!
乗り込みます
洞爺湖に漕ぎ出す

「社会を支える大人とつながる」(高2特進総合探究)

7月13日から15日の3日間「総合探究活動日」と題して、各学年・コースで独自の取り組みを行っています。

高2特進コースでは、自らの進路意識を高めることを目的に、各自でアポイントを取り、社会人の方に会いに行きました。普段は出会えない人から、社会の変化や高校生に期待することなど、お話を伺うことで、生徒それぞれが自分の将来について考え、高校生として学ぶ意義について考える機会になりました。

訪問先は生徒たちが自分の興味関心に合わせてセレクトし、アポどりから実際の訪問まで行いました。訪問先は下記の通りです。
・トヨタシステムズ
・愛知大学国際交流課
・読売新聞中部支社
・CG Studio Luz
・東部医療センター
・Mon Parfam
・愛知文理短大
・オールハーツカンパニー
・CPアリア瀬戸南店
・恵那市立病院
・名教書 他多数

ご協力いただきました皆様、誠にありがとうございました。

進路バスツアー(高2総合探究)

7月13日から15日の3日間「総合探究活動日」と題して、各学年・コースで独自の取り組みを行っています。

高校2年生は自分の希望進路の大学や専門学校などに直接出かけて施設見学や学校説明を聞く進路バスツアーを行いました。

     

見て、聞いて、感じて、1年後の進路実現に向けて具体的な目標を持つことができれば、学習や諸活動への意欲が高まるはず。まだまだ情報収集や比較・検討が必要ですが、この機会を目標設定のきっかけにしてほしいと思います。

高2 修学旅行 A班  最終日②

最後の訪問地はノーザンホースパークです。

ノーザンホースパーク
牧場でのびのびと戯れるサラブレッドたち
昼食は、特製ポークステーキコロッケ付き

k’sガーデンテラスで食事
ボタニカルガーデン

木漏れ日の林
厩舎
新千歳空港
搭乗口が急遽変更になりました。
窓には雨粒が

ナガシマスパーランド上空
手荷物を受け取ったら、解散です。お疲れさまでした。

4日間にわたる素晴らしい修学旅行でした。ありがとう、皆さんに感謝!

高2 修学旅行 A班  最終日

洞爺湖、修学旅行最終日の朝です。

朝、洞爺湖の真ん中に浮かぶ中之島には雲がかかっていました。
ロビーから見る中之島
朝食会場から洞爺湖を見渡せます。
出発前、湖畔にて。

何やら好奇心旺盛な生徒たち。湖に落ちた?
昭和新山
水蒸気が上がっています。
伊達町の風力発電
ウポポイ、民族共生象徴空間と書いてあります。その横の模様は?

入口のコンクリート壁画、ただの凹凸でアイヌ民族が生活した蝦夷地の森の様子が描かれています。
博物館からポロト湖を見る。
廊下にはプロジェクションマッピングで多言語の「こんにちは」
アニメーションでアイヌの自然信仰を基にした世界観が描かれます。
サケ漁
現代に生きるアイヌの人たちの様々な職業
丸木舟と櫂
野外の舞台で何やら演じる生徒たち
少し疲れが見えます。
アイヌのカヌー実演前、湖畔に並べられたカヌー(丸木舟)で遊ぶ。好奇心があふれていました。
舞台が野外彫刻のようです。

高2 修学旅行 A班  第3日目②

修学旅行A班、第3日目の続きです。

小樽湾に別れを告げて、中山峠を経て、羊蹄山麓に向かいます。
畑の向こうには羊蹄山が見えるはずですが、雲に覆われています。作付け前の畑、黒土が見事です。
また、雨が降ってきました。
京極吹出公園に着く頃は、小雨でした。
羊蹄山の雪解け水が地下を流れて、湧き出しています。名水百選にも選ばれた美味しい水です。
空にしておいたペットボトルに汲んでいます。美味しいね。
吊り橋がかかっています。
じゃがいも畑です。
こちらは、長芋の植え付け、蔓用のフェンスを立てています。
洞爺湖温泉街が見えてきました。後ろは有珠山です。
洞爺湖有珠山噴火記念公園です。有珠山が噴火したときに温泉街に降り積もった火山灰を捨てるために、洞爺湖岸を埋め立てて公園にしたそうです。
バスを降りてボランティアガイドさんの説明を聞きます

噴火で盛り上がった町道には、断層のためにズタズタです。
1メートル以上の断層
噴火で破壊されたお菓子工場
火口から3キロ離れた幼稚園に火山弾が降り注ぎました。拳大から庭石くらいの大きさの火山弾が残っています。
壊れた幼稚園は、20根に上の歳月がたって、植物が繁茂しています。
幼稚園の玄関です。22年間そのままにされてきました。 噴火の後、どこからか種が飛んできて根を生やした木が大きく茂っていました。
今夜の宿泊地です。 小雨が降り続いています。

修学旅行B班最終日・ウポポイ&ノーザンホースパーク

楽しかった修学旅行もいよいよ最終日になりました。午前中にはウポポイ、昼食にノーザンホースパークを訪れます。

近代以前の北海道は、本州とは異なる時間の流れ、交流圏の中にありました。鉄器が入るのは67世紀ごろですし、中国の沿海州やロシアとも独自の交流を続けていました。アイヌの人々というと江戸時代に松前藩から受けた支配や明治政府による同化政策が頭に浮かびそうですが、それ以前にも倭人との交流は続いていました。ウポポイの博物館ではアイヌの豊かな歴史を辿ることができます。

生徒の感想

「倭人の文化とアイヌの文化は全然違うと思った。言葉も音から全く違う。着物の文様も新鮮で、とても面白いと思った。」

「僕は逆に日本の文化とアイヌの文化が似ていると思った。服の着方も帯があったり前で布を重ねるところなど、共通点があるなと思った。」

「学芸員さんからトリカブトを使った狩猟について聞くことができた。トリカブトの毒矢が刺さったところは取り除き、加熱することで動物を食べることができたという。アイヌの文化では生食しない。また、毒の調合は人によって異なった。興味深いお話だった。」

ノーザンホースパーク

生徒の感想

食べ物も美味しかったし、お目当ての馬に会えて本当に嬉しかった。想像通り、体格も良くて格好良かった。自分の通っている乗馬クラブに、お目当ての馬の子どもがいたので、親馬に会えてとても嬉しかった。

修学旅行B班3日目・生徒の感想

修学旅行B班の3日目、小樽散策と有珠山見学の、生徒の感想をお届けします。

小樽の感想

私は617日に北海道の小樽を訪れ、三角市場とメルヘン交差点を散策しました。市場では気前のいい店主が干物や新鮮な魚介を売っており、交差点では綺麗な自鳴琴や鮮やかな天然石が売られ、名の通りお伽話のような場所でした。(男子)

有珠山の感想

有珠山では自然の脅威を感じる事ができました。2000年に噴火した際の落石によって廃墟と化した幼稚園、断裂した道路、露出した水道管など、噴火当時の惨状がありのままの姿を目の当たりにすることが出来ました。(男子)

私にとって、あの場所を一言で表すならば「時が止まった村」です。理由は、2000年の噴火によって国道があった場所が陥没したまま残されていたり、幼稚園だった場所が噴火の被害を受けたままの状態で残っていたからです。鮮明にその場で起きたことを残しておくことで、後世に語り継がれていくのだと思うと、あの場所はとても大切な場所だと思いました。(男子)

 

ここまで特に体調不良等もなく、生徒たちは北海道を満喫できているようです。残るは最終日、最後まで北海道を味わって帰名します。

 

修学旅行B班3日目・有珠山火口

B班は小樽での散策を終え、洞爺湖方面へ移動しました。日本一活火山が集まる北海道にあって、有珠山はその代表ともいえる活火山です。2030年に一度の噴火を繰り返しており、最近では2000年に大きな噴火があったことは記憶に新しいところです。本日の宿泊地洞爺湖のほど近く、一帯は日本でも数件というジオパークになっています。修学旅行3日目最後の訪問地は有珠山火口。ガイドさんの案内で災害遺構を見学しました。

折れ曲がった電柱や穴だらけになった廃屋、埋もれた車など、目にする全てが生々しい自然災害の大きさを物語っています。ガイドさんの熱のこもった解説を食い入るように聞き入っていた生徒たちの姿が印象的でした。

こちらも生徒の感想はのちほどお届けします。

修学旅行B班・3日目 小樽散策

B班の修学旅行も3日目。午後は小樽散策です。

小樽の観光名所にもなっている赤レンガ倉庫街は、近代日本の物流の歴史を刻んでいます。明治から昭和初期にかけて、目覚ましかったニシン漁と北海道物流の中心地になったこともあり、小樽は北の一大金融都市として栄えました。しかし、ニシン漁の不漁と苫小牧への物流拠点の移動が重なり、戦後はその役目を終えました。今も往時の繁栄を、残されたいくつかの重厚な銀行の建築からしのぶことができます。使用されなくなったそれらの建物や倉庫害を保存することで今は北海道有数の観光地になっています。

生徒の感想はまた続報でお届けします。