令和4年度修了式を行いました

今年度の締めくくりの式を行いました。

桜が開花しはじめたグランドでの修了式は初めてのことです。

ポカポカした春の陽気の中、長い式辞を述べました。

以下、校長式辞。

おはようございます。

修了式の日に、このように桜が開花し、すでに満開に近いというのは、春が来たという喜びを感じます。でも、これからもこのように早い春の訪れがあり得るかもと云う点では、地球温暖化について憂うべきことなのかもしれません。

 一年の最後になってこのように全校生徒が一堂に会することができたのは、本当に嬉しいことです。避難訓練以来ですね。市邨生として同じ場所で同じ時を過ごしているという実感が嬉しいことです。

 来年からは、皆さんに加えて、高校の新入生525名、中学校の新入生81名が全市邨生ということになります。市邨の教育を指示してくれる人が増えていることに感謝します。

 

 皆さんが、今日、この修了式に出席できているということは、昨日、カナダ語学研修に出発した13名と選抜大会に出発したテニス部の選手たちを含めて、出席者全員がこの1年間の学習の成果と努力が認められ、次の学年に進級することを認められたということです。おめでとうございます。

 成績が5段階評価でつけられていますが、評価とは、現在あるいは過去の、努力や成長の結果を測る物差しにすぎないのであって、肝腎なことはそこから自分のこれから進むべき方向性を見つけることです。

評価が低いからといってダメなのではありません。誰が自分のことをどう評価しようと、究極は自分自身がどう評価するかであす。自分の中になにくそ、という気持ちがあって、こんなものが自分の力ではないと思うのであれば、もらった低い評価を励みにすればいい。こんなものかなと思うのであれば、冷静にこれからの取り組み方を考えれば良い。大事なことは未来にあるのです。

 市邨芳樹先生は100年前に「学生の勉学は単に試験の為にあらず、智を磨き徳を修むるを楽しむに至りて、最も善く修学の目的を達するを得べし」と言いました。学びの目的は人としての品格を高めるために有り、学ぶことが楽しいと感じる境地に達してほしいと願っていました。

 

 未来はますます不確かになっています。コロナ禍やウクライナ戦争によってますます時代は混沌としています。誰も2030年の未来を確実に予想することはできません。たった7年後の未来です。対話型AIのChatGPTに聞いてもいい加減な答えしか返ってきません。いや確実なのは、やがて人間は考えることを止め、代わってAIが判断するようになるだろうということです。一部の世界ではすでに始まっています。例えば、自動運転の技術です。私は、AIが取って代わることができないのは未来のどの部分だろうかということに大いに関心があります。

 

 先日のExhibition Day / Open Day は私にとって素晴らしい発見となりました。そこで見られた発表者の自信に満ちた声や仕草、それを聞く人たちの真剣で暖かい眼差しは感動的でさえありました。ひとり一人が見つけたテーマそのものが個性的で独自性がありました。まじめで核心を突く質問、その質問に自信を持って答える発表者、それを可能にしたのは発表したこと以上のデータの裏付けを持っていたからでした。生徒の皆さんと教師のこの1年間の成長を感じることができました。市邨の探究型の学び、市邨メソッドは確実に発展しつつあると確信しました。

 この1年間、市邨はこれまで数年間かかって新しい取り組みを積み上げてきました。それは、現2年生も同じです。新しい取り組みを土台にして、一気に新しい教育の形を展開してきました。四つの新しいコース、授業時間の削減、放課後の学びカフェ、学びサポーター、Global Competence Program、言語力・論理力、インターンシップ、SDGsとユネスコスクール、これらは全て、Student-Centered  Learning つまり生徒を主語にする学びによって可能になるものであり、また生徒を主体とする学びを実現するための方法、手段でもありました。そこには、生徒の底力と生徒の学ぼうとする意欲を信じて、可能性を無限に引き出そうという壮大な目標があるのです。

 AIではなく、若者が未来を切り拓くことは可能か、その答えは、市邨精神にあると私は信じています。  

 

 市邨での学びは、市邨芳樹先生のいう「桜は桜、松は松たれ。各自の天禀に適応し、精励以て特色を発揚し、而して無名の英雄たるに甘んぜよ。」という一節に込められています。市邨での学びは「自分の特性を如何なく発揮し、自分だけが知るかけがえのない努力」そのものだったと言えると思います。その価値はあなた方自身が最もよく分かっているところです。

 先週の中学の卒業式で私は、宮沢賢治について話をしました。宮沢賢治に力をもらって教員になった私は、教員生活最後の学校で市邨芳樹先生に出会い、自分の教員としての原点に再び出会うことができました。それは、市邨先生の言葉で言えば、犠牲的精神、通常、犠牲という言葉はネガティブに使われますが、市邨先生の云う犠牲的精神はそうではなくポジティブなものです。

 市邨精神の大きな柱である、犠牲的精神について、市邨芳樹先生は、「犠牲的精神を以て天職を尽くすと云うこと」がいかに大事かを卒業式のたびに生徒たちに話したといいます。「人生の進むべき道というのは、人の為に尽くすということにある、それがどうしようもなく仕方がないからするのでなく、自ら楽しんで人の為に尽くすことが肝心である」と教えたのです。人の道は犠牲的精神にこそある、見返りを求めず、自ら楽しんで人の為に自分を投げ出そうではないかと呼びかけたのです。

 その心は、賢治さんの残した「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という言葉に込められた思いと同じだと痛切に感じました。

 二人の思いは、世界や宇宙にまで及んで気宇壮大なものですが、私の考える犠牲的精神は、人がなんのために生きるか、または、なんのために働くかという点にあります。それは、人が働くのは、一つには自分が生きる糧を稼ぐためですが、自分が生きるためにどう働いてもいいというのではなく、人のために働く、自分も含めて、人がぜんたい幸せになるために働くのだと考えています。これは市邨先生が、商業者がものを売るのは、自分のもうけのためでなく、第1に買う人の利便のためである、そうすれば自ずと自分にも利が回ってくると教えたことに通じます。人の幸いのための商業活動なのです。経済と道徳は同一でなければならぬという意味です。そういう意味で、先生たちは生徒の幸せのために働くのです。

 困難な社会にあって、本校の学校としての使命は、”それぞれの個性を磨き、能力を伸長し、人のために尽くす人物を育成する” ことにあると思っています。

 生徒の皆さんが、それぞれの自分の個性を磨き成長し、そしてそれは、周りの人のしあわせ、人類の幸福のために生きるのだと云うことを肝に銘じていただくよう願っています。

 

 私は、この3月で市邨を去りますが、市邨精神を学んだことを終生の誇りに思い、市邨先生の云う「終身教育」を全うしようと思います。12年間にわたり、市邨精神と共にあったことは望外の幸せでした。本当に楽しい12年間でした。

 生徒や教職員やすべての関係者の方々と力を合わせて、市邨の教育改革を進めることができたことに感謝申し上げます。ありがとうございました。

 

 春休み中にも部活動や学習に学校に来て、活動すると思いますが、皆さんが次に全員で集まるのは、4月5日の始業式の日です。それまで、学習を休まないように、新学年に向けて準備をしてください。

 皆さんのこれからの活躍を楽しみにしています。

令和4年度中学校卒業証書授与式を挙行しました

令和4年度名古屋経済大学市邨中学校第76回卒業証書授与式を挙行しました。

例年よりも少し遅い日程で行われましたが、おかげで前々日のOpen Day に3年生の発表の機会を設けることができました。卒業前に素晴らしい学びの場が設けられたと思います。

ここ数日は4月並みの暖かさで、校庭の桜はもう5分咲きです。いつもは入学式に診られる光景でしたが、祝福するかのように卒業式に前倒しとなりました。

卒業生は、3年前のコロナ禍のために小学校の卒業式も行われなかったということで、初めての卒業式を経験することになりました。厳粛な雰囲気の中感動的な卒業式となりました。

校長式辞です。

校庭の桜も咲き始め、一段と春の訪れが感じられる季節になりました。本日ここに名古屋経済大学市邨中学校第76回卒業証書授与式を挙行できますことを心よりうれしく思います。

 卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。また、この日を心待ちにしてこられた、ご家族の皆様に心よりお祝いを申し上げますとともに、この三年間のご支援とご協力に深く感謝申し上げます。

 いま社会は激しく動いています。3年前にコロナ禍が波のように押し寄せ、そして引きつつあります。昨年にはロシアがウクライナに侵攻し世界は戦争の危機に直面し、経済は混乱しています。そして先月、トルコ・シリア大地震が発生し死者は5万人を超え、数百万人が避難生活を送っています。

 地震や感染症という自然災害にくわえて、戦争という人間同士の争いも予測不可能な未来に拍車をかけています。昨日までの常識が今日は覆され、安全だったはずの日常が突然危険きわまりない不安定な世界に変わる現実を突きつけられています。

 果たして2030年の未来は来るのか、2040年の未来を担う若者は現在をどのように生きれば良いのかを考えるとき、君達若者に求められているものは非常に大きいのです。

 9年間の義務教育を終えた皆さんは、社会のために大きな一歩を踏み出さなければなりません。

 皆さんは、入学式の直後から臨時休校となり、その後約二ヶ月にわたって、学校で勉強できませんでした。

オンライン授業ができたとしても、なかなか勉強することができず、辛い思いをしたことと思います。それとも、「勉強は嫌いだったから、ちょうど良かった」と思いましたか。いずれにせよ、皆さんは、なんとか自分なりに勉強に取り組み、自分なりの勉強を始めました。入学式直後に渡されたiPadを使って、オンラインで結ばれて授業を受けたとき、何とか学校との繋がりができて少しホッとしたのではないでしょうか。

 その時、家では、自分なりの工夫をして机に向かい、勉強する体制を作ったと思います。自分から意識して勉強することを求められた。そうしないと、逃げ出しそうな自分がいた。しかしオンラインで先生や友達と繋がることによって、勉強を始めることができたのではないでしょうか。学校にいるときのように強制力が働かなくとも、君たちは勉強を始めることができました。自分から勉強を始めることを経験しました。このことは他の年代の人たちと違うところで、それはマイナスではなくおおきなプラスの財産なのです。君たちは、自分で勉強するという学びの感覚ができているのです。君たちには、好奇心があって、学びたいという意欲があって、そして確かに学んできた、その感覚を大事にしてほしいと思います。自ら学ぶという感覚は、貴重なものです。

 勉強とは、本来自分でするものなので、高校に行っても自ら勉強するという感覚は手放してはいけません。人に頼らず、先生にも頼らず、自分で勉強しようとなって初めて、友達からの刺激や先生からの助けが生きてくるのです。

 皆さんはこの3年間全国的にも最先端の学びを体験して来ました。文房具としてiPadを使いこなし、充実したICT教育の環境を生かして、自分の頭で考え、自分を表現し、友達と協力して学び合うことができるようになりました。他の学校にはない学びが市邨にはあり、自分の成長を実感する中で、そのことがどれだけ貴重か分かっています。自分で課題を見つけ、自分で考え、自分で判断し、仲間と協力して解決する、これこそが、予測できない未来を生きる方法です。

 一昨日の Open Day では、この様にして得られた3年間の力が成果としてプレゼンテーションに表れていました。部活で成長したこと、授業で成長したこと、プレゼンテーションで成長したことなどを自分の目線で自信をもって発表してくれました。この3年間で習得したICT技術を駆使しての立派な発信でした。ゼミやLanguageArts、イングリッシュキャンプ、修学旅行、体育祭、ダンスレッスン、部活動などで皆さんがよく楽しみ、よく学んだことがわかりました。これらが単なる楽しい思い出として残っているのではなく、皆さんの学力を高め、自信を深め、人格を磨くことに繋がっていると確信しました。

 皆さんは、宮沢賢治を知っていますね。小学校の教科書では、「やまなし」、「よだかの星」などの作品が載っていますし、「銀河鉄道の夜」や「風の又三郎」などの児童文学、高校では、「永訣の朝」、「春と修羅」などの詩が教科書で扱われています。詩人あるいは童話作家としてよく知られています。実は彼は、教員でもありました。今から100年前に岩手県立花巻農学校に勤めました。わずか4年半のことでした。この4年間の教師としての彼の教育実践は型破りで多くの生徒達を夢中にしました。その影響は現在の花巻農業高等学校に今も残っています。

 彼が教員時代に書いた「農民芸術概論綱要」には、皆さんが聞いたことがある様な有名な一節があります。

「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」

「正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである」

「おお朋だちよ いっしょに正しい力を併せ われらのすべての田園とわれらのすべての生活を一つの巨きな第四次元の芸術に創りあげようでないか」という壮大なもので、最後に、「われらに要るものは銀河を包む透明な意志 巨きな力と熱である」と結ばれます。

これらの言葉は今もいろいろなところに句碑が立てられ残っています。

同じく教員時代に書いた「春と修羅」という詩集は、「わたくしといふ現象は仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明です」から始まります。「四月の気層の光の底を、唾し、はぎしりゆききする、俺は一人の修羅なのだ」      私に衝撃を与えました。

そして「生徒諸君に寄せる」という詩をノートに残しています。

「新らしい風のやうに爽やかな星雲のやうに透明に愉快な明日は来る」

「諸君はこの颯爽たる 諸君の未来圏から吹いて来る 透明な清潔な風を感じないのか」

私は、宮沢賢治のこれらの言葉や、当時の最先端の自然科学を学び、農民の為に自分の命を燃やし尽くして病に倒れた生き様を知って、教員になろうと思ったのです。

そして、教員として最後に勤めたこの市邨中学校・高等学校で市邨芳樹先生に出会い、その市邨精神の中に、私は、賢治の心を見ました。

「桜は桜、松は松たれ。各自の天禀に適応し、精励以て特色を発揚し、而して無名の英雄たるに甘んぜよ。」

宮沢賢治の生涯はまさに、犠牲的精神そのものといえます。

「抑々犠牲的精神の神髄は、楽しんで我が一身を犠牲に供すると云う所にある。かうしなければならぬからと、拠なく我が一身を投げ出すと云う様な訳では無い。」

そして次の一節に、賢治の詩を思わせるリズムを感じています。

「起てよ、憤りを発せよ。有用の人たれ。活舞台に於いて活躍する活人物たれ。世界は我が市場ならずや。」

素晴しい出会いだったと思います。市邨先生と賢治は私に、生徒一人ひとりに、宇宙の中の一人の人間として、持って生まれた能力を磨きあげ、人の為に生きる人生を歩むことを教えてくれたと思います。

 皆さん、卒業は、終わりの時ではありません。むしろ、新しい出発の時です。皆さんがこの3年間中学の学びの中で見つけた課題はまだ解決されていません。これからの予測できない未来の中で、もっともっと大きな課題が出てくると思います。同じキャンパス内であっても、高校に進めば見える景色は違ってくるでしょう。友達関係も変化します。大きな変化の中で、新たな世界が見つかると思います。そこにはきちんと自分の頭で考える君たちがいて、自分で行動して、困難に打ち克って生きて行く君たちであってほしい。

皆さんには可能性に充ちた未来が待っていると信じています。

 最後に、賢治の詩、「生徒諸君に寄せる」から、その一節を餞として贈ります。

「むしろ諸君よ 更にあらたな正しい時代をつくれ

宙宇は絶えずわれらに依って変化する」

「新たな詩人よ 嵐から雲から光から 新たな透明なエネルギーを得て

人と地球にとるべき形を暗示せよ」

 

令和五年三月十七日

           名古屋経済大学市邨中学校長

                 澁谷有人

令和4年度卒業証書授与式を挙行しました

暖かい春の日差しの下、令和4年度卒業証書授与式を挙行しました。

本校の記念体育館が改修工事中のため、名古屋市公会堂をお借りして開催しました。歴史ある建物と、本校の厳粛な卒業式がマッチして、素敵な思い出深い式になりました。

卒業生、保護者始め関係の皆様に感謝申し上げます。

校長式辞です。

厳しい寒さがようやく終わり、春の光あふれるこの佳き日に、名古屋経済大学市邨高等学校第114回卒業証書授与式を挙行できますことを心より嬉しく思います。
 卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。また、この晴れの日を心待ちにしておられた保護者の皆様にお祝いを申し上げますと共に、これまでの本校へのご支援に深く感謝申し上げます。
 コロナ禍の卒業式はこれで4回目となりますが、未だに新型コロナウイルス感染症は終息しておりません。今年は、ようやく保護者の方々にご列席いただくことができました。さらに、式場として、改修のため使用できない体育館に代えて、名古屋市公会堂をお借りすることができました。想えば、皆さんが入学したときは、このように全員が一堂に会することができず、クラス毎に教室に集い、放送によって入学式を行いました。その時、私たち教職員にとっての最重要課題はいかにして入学後の「学びを止めない」かにありました。そのためには全員に速やかにiPadを配布し、学習に必要なアプリを使えるようにすることが必要でした。入学式後に直ちにiPadを配り、次の日から全国的に休校となったのですが、あえて臨時出校日として登校してもらい、アカウントの配布やMetaMoji等のアプリを配布したのです。このような先生方の素早い措置と、生徒の皆さんの驚くべき対応力のおかげで、その後のオンライン授業が可能になり、体育などの実技科目を含めた全ての授業と朝のSTやホームルーム、個別懇談までオンラインで行うことができました。全校挙げての協力体制によって、本校は夏休みを短縮することなく、体育祭や文化祭などの学校行事も全て開催し、他校に類を見ない形で「コロナに負けない」学校運営が可能になったのです。特に修学旅行は、延期を繰り返しましたが、学年を3ブロックに分け、9月から10月末までの実施可能な期間を粘り強く探った結果、実現することができました。今でも脳裏に浮かぶのは、鮮やかな紅葉の道を抜けると眼前に迫る噴煙をあげる十勝岳連峰の雄姿です。
 皆さんの学年は決して「コロナ世代」と言われるような何かが失われた世代ではなく、これまでにない世界を経験しそれに耐えて新しい世界を築くという世代だと思います。
 21世紀になって20年が過ぎ、世界の枠組みがさまざまな綻びを見せていたところに突如コロナウイルスが出現し、世界中の人々の日常生活は崩壊しました。さらに、昨年の2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻、ウクライナ戦争によって世界は深刻な危機に直面しています。コロナ禍とウクライナ戦争は時代の流れを無理矢理ねじまげてしまいました。そして、先月6日に起きたトルコ・シリア大地震は、死者が5万人を超え、100万人以上が避難生活を強いられるという未曾有の大災害となっています。私たちが想っているよりも世界はもろく、そして私たちの身近なところに存在しています。世界のどこで起きている危機でも瞬時に我々の危機に繋がっていると感じます。世界はもはやこれまでの日常の延長線上にはありません。そして、世界がこれからどうなるのか、我々はこれからどうすれば良いのか、誰も教えてはくれません。教えることができないのです。未来を生きる若者は自分という視点を持って、自分の力で未来を創り出さなければならないということです。
 不確かな未来は、少しずつ確実にやってきています。昨年の11月にMicrosoft傘下のOpenAI社から発表されたChatGPTという一種の人工知能が注目を浴びています。英語でも日本語でも質問をすれば、答えてくれます。Googleの検索は時代遅れになるといわれています。私たちがいま目にしているのは、「AIが学習し、人間はスマホを見る」という光景です。考えるのはAIで、寸秒も休まずディープラーニングという学習によってあらゆる知識をため込み、人間はそれをスマホで検索するだけというのです。考えるのを止める人々、判断するのは機械という近未来はすぐそこに来ています。このような、AI(人工知能)による私たちへの瞬間的な知識の供給は確実にシンギュラリティへの道を進んでいると言わざるを得ません。それはまさに機械が人間を越えるというシンギュラリティそのものです。その先に待つ未来は幸せな未来でしょうか。
 学校では、このような先が読めない社会で、生徒が変化に対応し、たくましく未来を生き抜く力を身につけてほしいと教えてきました。生徒自身が、歴史的な視点をもって、今何が起こっているのかを正しく認識し、自分の意見を持ち、これからの世界をどう生きるか、自らの未来をどう切り拓いていくかを考える力を育みたいと願ってきたのです。
 皆さんは、市邨高校の授業で、例えば、世界史について調べ、時事問題について意見を述べあい、国語では言葉による表現を身につけ、英語でコミュニケーションすることで異文化を理解し、情報リテラシーを身につけることによって、世界で起きていることを瞬時に知るテクノロジーを習得してきました。学校で学んできたのは、まさに未来に向かう力をつけるためでした。学校での学びは、単に入学試験をクリアするためでなく、未来を切り拓いて生きる力を得るためです。
 市邨芳樹先生は100年前に「学生の勉学は単に試験の為にあらず、智を磨き徳を修むるを楽しむに至りて、最も善く修学の目的を達するを得べし」と言いました。学びの目的は人としての品格を高めるために有り、学ぶことが楽しいと感じる境地に達してほしいと願っていました。
 昨年10月に常滑の国際展示場で開催された”SDGs Aichi Expo2022”という催しで、本校のSDGsボランティア有志メンバーがユネスコ委員会の代表として、愛知県下のユネスコスクール交流会に参加しました。私はその格調高い発表を見、その後のシンポジウムでの信頼感あふれる発言を聞いて、他校の生徒達をリードする市邨生の存在感を感じました。もちろん彼女自身の理性と優しさという個性の表れだったのですが、私には、あの場の雰囲気をリードし、自分たちの活動への信頼感を抱かせたのはまさに市邨精神とSDGsの理念の融合という象徴的な姿だったのではないかと思えたのです。市邨生と市邨の教育活動を誇らしく思った出来事でした。これからの社会は間違いなく君たちの手の中にある、君たちこそ未来の担い手だと信じることができました。
 市邨での学びは、市邨芳樹先生のいう「各自の天禀(てんぴん)に適応し、精励以て特色を発揚し、而して無名の英雄たるに甘んぜよ。」という一節に込められています。市邨での学びは「自分の生まれながらの特性を如何なく発揮し、自分だけが知るかけがえのない努力」そのものだったと言えると思います。その価値はあなた方自身が最もよく分かっているところです。
 市邨精神の大きな柱である、犠牲的精神について、市邨芳樹先生は、「犠牲的精神を以て天職を尽くすと云うこと」がいかに大事かを卒業式のたびに生徒たちに話したといいます。「人生の進むべき道というのは、人の為に尽くすということにある、それがどうしようもなく仕方がないからするのでなく、自ら楽しんで人の為に尽くすことが肝心である」と教えたのです。人の道は犠牲的精神にこそある、見返りを求めず、自ら楽しんで人の為に自分を投げ出そうではないかと呼びかけたのです。
 困難な社会にあって、本校の学校としての使命は、”それぞれの個性を磨き、能力を伸長し、人のために尽くす人物を育成する”ことにあると思っています。
 私は市邨精神に出会い、時代を越えて学校の本質を問い続けるその理念に打たれました。私も君たちと同じくこの3月で市邨を去りますが、市邨精神は常に私たちと共にあると感じています。市邨に学んだことを終生の誇りとして、「終身教育」を全うしようと思います。
  今日君たちは、市邨での学びを胸に、誇りをもって巣立ってください。
結びに、餞(はなむけ)の言葉を送ります。このような世界の秩序が危うくなった、混沌とした時代にあっても通用する言葉です。
「起てよ、憤りを発せよ。有用の人たれ。活舞台に於いて活躍する活人物たれ。世界は我が市場ならずや」

令和五年三月一日

           名古屋経済大学市邨高等学校長  澁谷有人

3学期始業式を行いました

いつもより遅い年始になりました。学校はすでに、7日と8日に中学校入試を行って、活動が始まっています。

全校生徒がそろう機会はあまりないので、グランドでの始業式をやりたかったのですが、あいにくの寒波で強風が予想されたので、教室内で放送で行うこととしました。

校歌を全生徒が揃って歌う機会がないので、せめて聴くだけでも3番までの全曲を流しました。

校長の式辞です。

始業式に続いて、部活動の報告会を行いました。

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

今年の始業式は110日ですので、あけましておめでとうというのは少々ためらわれますが、今年もいい年でありますようにと挨拶するのは大事なことのように思います。

 

新型コロナがまん延して3年が過ぎ、4年目に入ります。完全に終息することはないだろうとは思っていましたが、ここまで長期間に亘り深刻な脅威にさらされるとは思っていませんでした。

昨年の新年のあいさつでは今年はきっと状況はよくなるだろうという甘い見通しを語りましたが、2月にはロシアがウクライナを侵攻するという予想しない事態が勃発し、世界は戦争という危機に直面しています。そして7月には、安倍元首相が暗殺されるという予想だにしない事件が起きました。昨年は、負の出来事が時代を逆行させた年として歴史に残るでしょう。

 

明るい未来という展望を持てない若者が増えたといわれます。そうでしょうか。

私のように半世紀以上も生きてきた者から若者を見ると、やはり希望に輝いているし、何かしら良い世界の到来を望む期待に充ちているように見えます。若者が幻滅し、希望を持てないのはごく近い未来に対してであって、そのさきの20年後30年後の未来に希望を託しているのだろうと、私は見ています。

そうでなければ、「人生100年時代」の到来は苦痛でしかありません。

なんともならない未来と何とかなる未来があります。

なんともならない未来は川の流れのようにどんどん過ぎていきます。何とかなる未来はもっと遠くにあってゆっくりと近づいてきます。その間に何とかなるように準備をしていきましょう。何とかしてくれるだろうという、他人任せではいけません。何とかするのは自分です。まだ間に合います。

シンギュラリティはすぐそこではありません。まだ少し時間があります。その間に何をどうするかを考え、実行するのが若者です。

学校では、そのための力を養います。過去に学び、未来を創る。知識をたくわえ、学び方を身につけ、新しい考えを創り出す、その様な場所として学校があると思います。知識を得ることが目標ではなく、考える力をつけることを目指すのです。

 

体験することによって世界から学び、世界を変えていく行動を創り出していく、そのような学びをする学校として、本校は今年、ユネスコスクールへの加盟が認められました。ユネスコというのがどのような組織機関であるかはすでに学んでいることだと思います。国際連合の一つの機関で、国際連合教育科学文化機関(United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization) 略章をユネスコといいます。ユネスコ憲章の冒頭部分はよく知られているところです。

「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」

二度にわたる世界大戦への反省から、平和は対話と相互理解に基づき、人類の知的及び倫理的連帯の上に築かねばならない、という理念を掲げています。ユネスコはその理念を学校で実践するために学校のネットワークを作りました。その学校がユネスコスクールです。

本校生徒がこれまで実践してきたボランティア活動、とりわけSDGsの実現に向けた活動が評価されて、スイスのジュネーブにあるユネスコ本部から加盟承認をいただきました。これまでの活動が認められたというところが、ものすごく名誉なことだと私は誇らしく思います。この年末にも、韓国と台湾の学校と本校がオンラインで繋がって、SDGsの活動を紹介する会合が行われました。参加した皆さんは、充実した時間を過ごしたと思います。参加した皆さん全てに感謝申し上げます。これからもユネスコの理念を体現する活動が生徒の皆さんの自主的な活動によって実践されることを願っています。

 

SDGsの理念と市邨精神は同じ方向を向いています。

12月に高校2年生に市邨精神についての講話をしました。例のごとく、MetaMoji振り返りを書いてもらったのですが、生徒の皆さんがそれぞれに自分が惹かれるフレーズや市邨先生について挙げてくれました。「桜は桜、松は松たれ」の個性を伸ばす教育であったり、学校は男子だけだった時代に市邨先生が女子のために先進的な学校を作ったこと、市邨先生の言っていることは100年たっても新しいこと等々、感銘を受けましたと記してくれました。私自身、それらの振り返りを読んで、改めて市邨精神の時代を超えた真理に気づかされました。私も2011年にこの市邨に来て市邨先生の言葉に出会い、以来12年間ずーと市邨先生の言葉に惹かれていました。この市邨精神は私が教員として生きる上での道しるべとなったのです。

私が今、新年の冒頭にあたって、あなたたちにふさわしいと思う言葉は、「立てよ、憤りを発せよ。有用の人たれ。勝舞台で活躍する活人物たれ。世界は我が市場ならずや」

私は市邨を去ってもこれらの言葉に支えられて生きていきたいと思っています。

 

さて、すでに記念体育館の改修工事が始まっています。工事の間不便をかける部活や体育の授業には申し訳なく思いますが、しばらく我慢をして下さい。完成は3月末の予定ですので、3年生はもう使うことができません。卒業式は、名古屋市公会堂で行います。

冬休み中にも多くの部活が練習や大会で活躍してくれました。今年から公立高校の入学試験が半月早まったことから、私学の高校入試の日と私学の中学校入試の日も早まり、冬休み中の7日と8日は部活動を制限しました。不便をかけたと思いますが、冬休みの間も部活動が活発に行われていたことを嬉しく思います。多くの部が活躍した中で、このあと軽音楽部と弓道部から大会での活躍の報告をしてもらいます。

 

三学期は、一年の締めくくりです。あっという間に過ぎていきます。三年生は、人生の次のステージに向けて学びを続けてください。今週末のセンター試験に向けてがんばっている人がいます。すでに進路先を決めている人も、これからが勉強です。勉強は卒業した後のためにするのです。大学に入学するためではありません。

そして、中学生はこの後学力推移調査があり、明日は、高一は、学びの基礎診断のための実力診断テスト、高二はスタディプログラムが実施されます。これらの試験は、現在の君たちの学力を測り、今後の学習指導に活かすためです。結果が思わしくなかったとしてもあきらめたり絶望したりする必要はありません。現在の学力を知り、これからどう学習していくかを考えるための試験です。とは言っても手を抜いては実力が測れません。全力で取り組んでください。

 

何とかなる未来のために、確実な一歩を踏み出しましょう。

令和4年度2学期終業式を行いました

北風の吹く、寒い朝になりました。

Explorerコース

いろいろな出来事があった令和4年もあとわずかになりました。

今年も終業式は全校生徒が一堂に会すことなく各教室にて放送を通して実施することとしました。早くコロナ禍が終息することを願うばかりです。

校長の式辞です。

おはようございます。

今年もコロナ感染防止のため、グランドで全生徒が集合する形でなく、放送で各教室で行うことにしました。校歌を歌う機会が無くなっているので、3番までのフルバージョンで演奏しました。市邨の伝統を受け継ぐ気持ちを持ってもらいたいと思います。

今年もいつの間にか一年の終わりになりました。

昨日は冬至でした。冬至とは、一年中で一番昼が短く、夜が長い日です。ですから今日からは一日一日と昼が長くなり、夜が短くなる、昔の言い方をすれば、陰から陽に替わる日ということです。

 

今年は様々なことがありました。歴史に刻まれる年になると思います。

世界中にコロナが蔓延して3年目になります。未だに終息しません。

2月にはロシアがウクライナに侵攻し、長期にわたる紛争が続いています。来年には収まるといいのですが。

このため世界経済は大きな打撃を受け、各国ではインフレが進み、日本では記録的な円高になってしまいました。この戦争は情報とエネルギーの戦争と言われています。情報というのは、ウクライナに侵攻する一月以上前から、互いにサイバー攻撃が始まっていたと言われているように最先端の情報技術を駆使した戦いになっているからです。エネルギーというのはロシアからヨーロッパに供給していた天然ガスや石油の流れが一変し、エネルギーを確保することが戦争そのものだからです。核戦争の危険もはらんで、独裁国家による情報とエネルギーの支配は世界の破滅をもたらすことがはっきりしてきました。

更に7月には選挙期間中に安部元首相が暗殺されるという異常事態が起きました。その原因としてカルト宗教の政治への影響が明らかになりました。宗教がどのように政治に影響していたのかを考えると憤りを感じます。戦争前から続く忌まわしい過去です。

118日には、皆既月食がおきました。月が地球の影にすっぽりと入る現象です。天王星が月に隠されるという、天王星食も一緒におきました。442年ぶりということです。

そして、つい一週間前の1216日に政府は新たな「国家安全保障戦略」を定めると発表しました。敵基地反撃能力を持つために、防衛費を1.5倍にし、そのために税金を上げるというものです。

確かに、その文章の冒頭にあるとおり「国際社会は時代を画する変化に直面している」と云う状況となっています。北朝鮮がミサイル発射実験を繰り返し、ウクライナ戦争によって日本はロシアの敵対国になっています。中国は台湾侵攻のシナリオを描き、海洋への進出を進めています。このような日本を巡る危機はかつてからあったものですが、ウクライナ戦争によって緊張がより高まっているといえます。だからといって日本の取るべき政策は武装力の増強だといえるのかどうか。軍事力の増強には切りがないのではないか。それよりも相互理解を進めることが必要なのではないか、というような議論と検証が大事だと思われますが、議論が進んでいないのが現実です。

このような政治の話が学校で話されることはほとんどありません。学校は政治に対して中立であるべきだからです。それはその通りで、先生が生徒を教育によって洗脳すべきではありません。先生は自分の考えを生徒に押しつけてはなりません。しかし、生徒は政治について自分の意見を持たなければなりません。私は生徒に政治に興味を持って欲しいと思っています。

今年の4月1日から成人年齢が引き下げられました。すでに選挙権年齢は18歳になっていますが、さらに親の同意を得ずに住む場所を決めたり、進学や就職などの進路も親の同意を得ずに決められたり、携帯電話の契約をしたり、クレジットカードを自分の意思で作れたりします。その代わり、全ての責任は自分で取らなくてはなりません。民法上18歳になれば大人として自分で自分の権利を行使し義務を果たさなければならないのです。選挙権があるということは、政治に責任を持つと云うことです。すべての国民は政治に対して責任を持たなければならないのです。そのような能力はどのようにしたら身につくのでしょうか。18歳にたったら自然に身につくのでしょうか。そんなことはあり得ません。政治について考え、判断するからこそ正しい判断力が身につき大人としての責任ある選択ができるのです。SNS等で得られる情報は、自分の考えに近いものが配信されるなど偏りがちです。正しい情報を受け取るためには適切な判断力が必要です。

だとすると、学校では政治について話してはならないというのは誤りです。そのためには、正しい判断力を身につけるための学習が必要です。どうやったら正しい判断ができるようになるのか。その第一歩は自ら考える力をつけることです。先生に教えられるとおりのことができるようになるのを目指すのではなく、何を考えるのかについても、自分で考え自分で行動することが必要です。そうでなければ、先生が云うとおりの政治選択しかできません。それは洗脳です。そうではなく、自分で考え自分で判断する力を養うこと、同時に、自分が責任を取らなければならないことを充分に理解することが必要です。それ以外に政治に関与することはできません。それができるように、学校で身につけるべき最大の能力は、自分で考え、自分で行動する力なのです。正解を求めて勉強し、いい成績を取ることが学ぶ目的ではありません。政治の問題には、正解はありません。歴史の上では結論が出たとしてもそれは正解とは限りません。

先生に教えられるのを待っているような態度では、自分で考える力はつきません。教えられるのを待つのでなく、自分で学ぶことを見つけ、自分で解決しようとする態度が必要です。

先生はその手助けをするだけです。自ら学ぼうとしないものに、考える力はつきません。あなた方には貪欲な好奇心があるはずです。何かを求める心の炎があるはずです。それがない青年は化石的青年に過ぎないと市邨先生は言いました。化石的青年になるな、憤りを燃やせ、自ら考えよと。

私たちは、なんのためにその様な考える力が必要なのでしょうか。それこそ私が言うのではなく、自分で考える必要があるのかもしれません。

私は、この現代の危機的状況にあって、世界を救うためだ、と考えています。自分のまわりの全ての人のために幸せをもたらすこと。市邨先生の言う「犠牲的精神」です。人の為に尽くすことであり、またそれは自らの未来をつかむためのものでもあります。「桜は桜、松は松たれ」、されど犠牲的精神をもって、世界にでよ。「世界は我が市場ならずや」

 

あすから冬休みです。体調管理を十分にして、健康で過ごしてください。

与えられた課題だけをこなすのではなく、自ら追い求める課題を見つけ、解決方法を考える、その様なチャレンジャブルな新年にしましょう。

部活動や進路実現に向けて充実した年を迎えてください。

第3回「学びを変えるICT・いちむら事例報告会」を開催しました

8月26日(金)、午前9時から、第3回「学びを変えるICT・いちむら事例報告会」が開催されました。

夏休みも終盤でしたが、公立や私立の中学・高校の先生方が50名参加されました。そしてご多忙の中、愛知県議会議員の先生方30名が参加されました。本校の教員を合わせ100名ほどの報告会でした。

プログラムです。自由に講座を選びます。

会の趣旨は

日本にとってICT教育の必要性は明らかでした。しかし、コロナ禍で全国の学校が臨時休校になるまで、どの学校も喫緊の課題とは考えていませんでした。でもその時、市邨ではすでに動き出していました。3年前から配備している一人一台のiPadのお陰で、臨時休校になっても授業を止めることはありませんでした。

その成果を多くの学校と共有するために、2020年12月に第1回目の事例報告会を開きました。タブレットをどのように活用しているかを共有したかったのです。しかし、参加された多くの先生方の関心は、持ち帰らせるのか、充電はどうするといった機器管理の面でした。昨年開催した第2回では、授業にどのように活用するかを話題にしたかったのですが、関心は生徒の出欠の管理やキーボードを持たせるかどうかといった授業運用の話でした。

この第3回では、「学びを変えるICT」という表題のとおり、どのようにICTが学びを変えるのかについて、実際にどのような学びが実現できているかを話題の中心とすることができました。

話題は、

タブレット端末は文房具にすぎません。つまり、ICTは学びの主役ではありません。しかし、それを活かすことによって今までにない生徒の活動を創り出すことができます。生徒が主役になる教育にタブレットは欠かせません。それはなぜなのか、本校の6年間で気づいたことや、参加された学校での日々の活用から気づいたことを情報共有することができました。

        • 授業のなかでICT機器を活用した授業の実践例をたくさん紹介してもらえて、とてもイメージがしやすく、今後の自分の授業に取り入れていく良い参考になった。(国語)
国語科
 
 
 
 
 
        • 予習をして,生徒の状況をもとに授業をされ,かつ学びあいを大事にされている点が強く印象に残りました。生徒からすれば,予習は大変だと思いますが,楽しく授業を受けているように感じました。(数学)

      • 先進校でICT活用がどんどん「こなれて」いく様子が伝わってくるレポートでした。(英語)
英語科
      • 授業のデザインの仕方がとても参考になりました。(理科)
理科
      • 生徒が主体的に学ぶ姿を見せていただき、ただ知識を増やすことでははなく、得た知識を活かして議論したり、問題解決しようとする姿勢を養うことが大切なことだと思いました。(社会)

        社会科(地歴公民科)
      • 若い先生の発表でしたが、とても立派に発表していました。本校も見習いたいと思いました。(保健体育、家庭科)

市邨では、Teaching から Learning へ というスローガンを掲げ、教員主導の講義スタイルから生徒が主役となる探究型の授業に変わっています。今年の主張は、Student-Centered Learning です。生徒からの発表を設定したところ、多くの反響を得ました。

      • 実際の生徒さんの感じている事が聞けて良かった。
      • 1年生でありながら堂々と発表する姿は立派に思いました。生徒の素直な意見も聞けて新鮮でした。(生徒発表)

        生徒発表
      • さまざまなICT技術者と連携し、競合他社のアプリなども複合的に使われているなど工夫をされてシステムを作り上げていらっしゃる感服いたしました。(セキュリティ)

本校がお世話になっているICT教材関連の企業の方々にも参加いただきました。市邨で採用している様々なアプリや、ネットワーク回線の維持管理、入試管理システムやネット出願など生徒募集におけるICT、システム管理委員会の組織運用など、多くの課題があります。

今回の事例報告会ではじっくりと、日本の未来を切り拓く新しい学びについて話をすることができました。

 

2学期始業式を行いました

夏休みが終わり、2学期を迎えました。9月になっても天候が不安定です。全校がグランドに集まるのを避けて、各教室で放送にて始業式を行いました。

初めに校歌を流しましたが、斉唱はせず聴くだけです。せめて、3番まですべて流しました。生徒の心に響いてくれたと思います。

式の後は続いて、圧巻の全国大会報告会を行いました。

校長式辞

おはようございます。

今日から2学期が始まります。長い夏休みは終わりました。

今年の夏の天候は、7月から猛暑が続き、8月初めには雨の日が続き、たまには真夏の太陽が照り付ける日もありました今は暑さは終盤に来ているかな、という感じです。

天候以上に悩まされたのは、3年目の今年も新型コロナです。休み中も感染が続きました。1学期中よりも多い数でした。ほとんどが感染経路不明ですが、わかっているものは家庭内感染がほとんどでした。感染した人の症状は重症化した人はいないのですが、やはり後遺症が気になっている人もいるようです。感染力が強いが、重症化はしないだろうということでつい警戒を怠りがちになりそうですが、軽く見ることはできません。学校としては、夏休み中はこの程度で済んだけれども、2学期が始まり1,500人の生徒が出校してくることを考えると、これまでの対策を継続していかなくてはならないと考えています。

2学期も対策を続ける必要があります。3密を避ける、屋外で運動するとき以外はマスクをつける、手指の消毒を怠らない、向かい合っての食事はしない、大声で話をしないなどです。よく、廊下などで肩を組んで歩いたり、歓声を挙げてはしゃいでいる光景を目にすることがありますが、やめましょう。周囲が注意してください。学校内での感染を避けるようにみんなで気を付けたいと思います。

そして、一方では、感染した人への配慮を忘れてはなりません。感染したことは非難されることではありません。できるだけの対策をしても感染するリスクがあり、いつでも自分も感染する可能性があります。陽性になったかどうかは高度なプライバシーです。学校では感染を広げないために、一定の情報を明らかにする必要はありますが、必要以上のプライバシーの公開はしないようにしています。皆さんも感染者の情報を探り合うのはやめてください。

 

きょう、皆さんは学校に出かけるのが億劫ではありませんでしたか。

夏休みが終わりに近づくと、何となくわびしい気持ちになったり、憂鬱な気持ちになったりしたのではないかと思います。

理由は一杯あるでしょうね。学校は嫌じゃないけど、嫌な勉強が始まる、テストが嫌だとか、人にあって人に合わせなければならないのがいや、嫌な人に会いたくない、人に会うのが怖いという人もいるかもしれません。

それとも、そもそも学校が嫌かもしれません。何のために学校があるのかわからないとか、今の学校が気に入らないとか、ネガティブな感覚が湧いてくる時かもしれません。

その様な嫌な感じ、抑うつ感ともいうようなやるせない気持ちが高まってきて、学校に行きたくない、あるいは、さらに、生きるのも嫌になる人がいるかもしれません。

人の命ほど尊いものはこの世にないのです。学校に来るのは嫌でも、生きることを嫌にならないでください。学校は人生の中のほんの一つのことです。学校に行けないからと言って人生が終わりではありません。今現在、嫌なこと、困ったこと、生きるのが困難になったと思えることがあったとしても、それを避けても生きる生き方はあるはずです。どのような生き方があるのかを一緒に考えたいと思います。私自身高校生の時、学校は何のためにあるんだと、真剣に考えていました。学校に行くことにどんな意味があるのか、勉強することに何の意味があるのかと。

 

逆に、学校に来ているからいいというわけではありません。学校に来ることが大事なのではありません。市邨芳樹先生の言葉にもある、勉強するのはいい成績を取るためにするのではないというように、学校もいい学校に入って、次のいい学校に入るために来ているのではありません。学校に行けば勉強していることになるし、みんな学校に行くから、嫌でも嫌でなくても学校に行くのが普通だから、でもありません。

 

私は、学校がそこにいるだけで楽しいという場所であってほしいと思います。今ここにいることが楽しい、ここにいることが自分の未来に繋がっていくからもっと楽しいと、そういう場でありたいと思います。学校は、より良き未来を生きるために、準備するところでもあります。準備がうまく行かなくても、準備なのですから幾らでもトライすればいいのです。今うまく行かないから未来がないということではありません。ゆっくりと自分なりの時間を掛ければいいのです。

いまやりたいことをやりなさい。あるいは、やりたいことを見つけなさい。そのために何度失敗してもいい。やり直す時間はいくらでもある。中学3年間、高校3年間はあっという間ですが、その後に続く君たちの時間はその2、30倍も長い。

 

さてこの夏、君たちには多くの体験活動の機会がありました。

中学12年生はイングリッシュキャンプで貴重な瞬間を過ごしました。インターンシップに参加した人は貴重な体験ができたと思います。レポートを読みました。カンボジアの村に手洗い場を贈る取組や高校生ボランティアアワードでの国境なき医師団賞の受賞など、継続したボランティア活動、あるいはユネスコ委員会での台湾の高校生との交流、核融合科学研究所での研修など、先日行われた夏の学校見学会でのボランティアを引き受けてくれた人も貴重な体験だったと思います。

そして、部活動の練習や大会での活躍があります。部活動の活躍については、この後の全国大会報告会で紹介があると思います。インターハイでシングルス優勝、ダブルス準優勝の女子テニス部、体操部の団体準優勝と個人種目別での優勝始め、ハンドボール部の準優勝など大活躍でした。

本校のホームページにはそのような活動についての詳しい報告が載っていますので、ぜひ見てください。自分が関係したイベントはもちろんですが、知らないところで多くの同窓生たちが積極的に活動していることを知ることは大きな刺激になることと思います。

 

2学期は長いです。でも、充実した自分の時間を過ごせば、あっという間です。

文化祭や中学修学旅行といった学校行事に向けての活動は、コロナ対策をしながら以前のように進んでいくと思います。高校3年生は進路決定に向けて大きく前進するでしょう。

一学期にいくつかのアンケート調査をしました。授業アンケートや学校生活アンケートなど、それらを通じてできるだけ生徒の皆さんの意見や要望を聞きたいと思います。1年生は授業以外の場で直接先生に意見を伝える場があります。学校の主役は君たち生徒です。自ら考え、自ら行動することが大事です。そのための力を付けていってください。先生を動かしてください。どうせできないと先読みをするのでなく、積極的にぶつかってください。先生方は正面から受け止めてくれるはずです。

アンケートはそのような機会を先生方が作ったものです。回答率が90%を超えないのが残念です。

7月の探究学習日に1年生の生徒が自ら企画して、名古屋市の河村市長を訪ねました。どのような人生を歩んでこられたのかを尋ねたのですが、その時逆に君はどのようなことがしたいのかを尋ねられて「宇宙の勉強がしたい」と答えたところ、では、名古屋市立大学の理事長さんを紹介しようということになって、いま、名古屋市立大学と私立である本校がどのような連携ができるかを話し合うことになっています。

このように、君たちが意思をもって動けば、現状を打開できる力が生まれます。

どうか、自ら考え、自ら行動してください。

 

最後に、夏休み中に234号館の教室のカーテンを取り替えました。前半分が遮光カーテンとなっています。無理に引っ張ったりせず、大事に使ってください。冬休みには、記念体育館の改修工事を予定しています。その準備のための工事が二学期に始まります。良くなった環境の中でしっかりと勉強してください。

 

それでは、2学期が始まります、目標をもって、充実した学校生活を送ってください。

1学期終業式を行いました

昨日の大雨がようやく止んで、夏の空になりました。

終業式は、全員集合したかったのですが、グランドコンディションが悪く、昨年と同様、放送により教室で行うことになりました。せめて校歌は三番まで演奏しました。

おはようございます。

今年も天候が不順で、全校生徒が集合する形で1学期の終業式を行うことができません。放送による式となりますが、一体感を持って1学期を終えたいと思います。 

「行く川のながれは絕えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。」これは、鎌倉時代初期の随筆で鴨長明作「方丈記」の冒頭の一節です。 「川の流れはたえることなく、それでいて流れる水は元の水ではない。川のよどみに浮かぶ泡は消えたと思うとまたできて、長くとどまっていることはない。」という意味でしょうか。

私はこの本に高校1年生の時に出会いました。夏休みの読書課題として与えられました。後でわかりましたが、先生方は日本人として身に付けるべき教養を高校生のうちに叩き込むべきだと考えていたのです。もちろん日本の古典だけでなく、ヘミングウェイの短編など英語版で指定されました。宿題ですから、自分で読みたいわけじゃない、与えらえたものだし、やらなければならないからやるっていうものなので、英語と国語、特に古典の苦手な私としては、古典の購読という課題は嫌だなという感情しかなかった。でもこの本は岩波文庫でページ数は3~40ページほどの薄い本でした。楽勝と思って、つい後回しにしておきました。そうするとどうなるかは皆さんが想像するとおり、夏休みもあと数日というときになって読まずに残っていました。大慌てで読み始めて、そしてはまってしまった。作者は鎌倉時代の鴨長明という歌人です。かれは、人の世の無常を感じて出家し、遁世した人です。その無常観にやられてしまった。明日をも知れないこの世の中で、安定した人生を目指してどうなるんだ、勉強してどうなるんだ、人は何のために生きるのか、・・・。高校生の心を鋭く刺したんですね、「方丈記」が。

近頃になって、この方丈記の一節をしばしば聞くようになりました。評論家たちが、先の見えない未来、落日の日本を800年前のこの文章に見つけたのだと思います。あれだけ栄えてきた平安京の都が、五つの災害によって崩壊していく様を見、自らの人生を冷徹に見た鴨長明が生きた時代と、Japan as no.1 と言われ、世界第2位の経済的繁栄を誇った日本が今や他のアジアの国々においていかれようとしている時代を重ねているのだと思います。

私たち人間は時代に流され、自然の大きな力に翻弄されて生きていくちっぽけな存在ですが、そのちっぽけな私たちの生き方の一つ一つが時代の流れを作っていくものだとも言えます。

おそらく勉強というのは、大きな世界の流れの中で、自分の人生を作っていくための力になるもので、特にこの中学、高校時代の多様な学びが人生の方向を決定づける大きな意味を持つのだと思います。単に難関大学の入試をクリアする成績を得るためでなく、自分の人生を自分で選ぶための大きな力を付けるための勉強であってほしいと思います。

50年前に高校生だった私は、やがて来る騒乱の時代を感じつつ、インターハイを目指してヨット部という部活動一筋に過ごしました。勉強しなければ、自分の未来は切り拓けないと思ったのは、方丈記を読んでからでした。無常観に打たれ、共感しつつも、自分の未来を信じようと思ったのですから、矛盾しています。  若かったということでしょう。

明日から始まるあなたたちの夏休みは、そのような人生を左右する学びができるときです。1学期につかみかけた探究学習への取り組みを、より深くより強力に進めてほしいと思います。授業では得られない学びを自分が計画し自分が目標を立てて追究してください。学びを止めてはいけません。部活動を頑張ることも学びですし、旅行などの体験をすることも学びです。また、本を読むことも大きな学びです。私が高校時代に方丈記に出会ったように、君たちも人生を左右する本に出合うよう願っています。

私の高校時代と大きく違うことは、今はコロナの時代だということです。第7波が来ています。三密なところは避けましょう。太陽と共に起きて、夜は早く寝て睡眠時間を十分に取りましょう。食事をきちんと摂り、生活のリズムを整え、万全の体調を維持しましょう。免疫力を高め、ウイルスにかかりにくくするためです。

そして、熱中症対策を忘れないように。

学校からの連絡が、iPadを通して伝えられます。あるいは、HPで、その中の学内のページを注意してください。

9月1日には、全員元気に2学期を迎えましょう。

高2 修学旅行 A班  第1日目

高校2年生A班(文理Ⅱの7組~10組と、キャリアデザインの11組~13組)が、北海道修学旅行に出発しました。

あいにく名古屋は雨ですが、北海道の天気は期待できそうです。

参加予定者全員が無事に中部国際空港を出発しました。

集合時間は、6:50 皆んな早起きして、集まりました。
保安検査場の行列
8:20 ANAは、9番搭乗口より搭乗開始
一番手前のJALに、211,212,213が搭乗しました
セントレアを雨の中離陸、ずっと雲の上を飛行しましたが、秋田上空で視界が晴れました。見えてきたのは、八郎潟の干拓地
違る海峡を越えるころ、雲の上に北海道の山々が見えてきました。手前が樽前山、その向こうのまだ雪が残っているのが、羊
新千歳空港にほぼ予定どおり着陸。気温は14℃、曇り、風が少しかな。
ほぼ予定通り新千歳空港に着陸しました。手荷物が出てくるのを待っています。
空港では、4日間お世話になる”時計台バス”が待機してくれていました。
最初の目的地は、旭川市の旭山動物園。 途中、道央自動車道に乗り、札幌郊外を通過。 札幌ドームが見えてきまし
北海道らしい風景が広がります。天気は最高。
この広さ!
予定通り12:05、昼食場所の砂川オアシスが見えて来ました。
昼食はジンギスカン、一方方向を向いて黙って食べます。
上川盆地(旭川盆地)は今や米どころとなりました。田植えの終わった水田が広がります。

最初の目的地、旭山動物園に到着です。

石狩平野は、石狩川によってできた肥沃な土地です。その石狩川には多くの支流が流れ込みます。その支流の一つ、夕張川。

 

 

 

今日は、市邨学園の創立記念日です

5月3日は市邨学園の創立記念日です。

この日は後に、憲法記念日と重なることになったため、祝日になりました。

そのため毎年その前の登校日の朝、全校放送をして全校で創立記念日を祝うことにしています。

校長挨拶です。

おはようございます。

 あっという間に一月が過ぎました。コロナに負けない、学びを止めないという方針の下、オリエンテーション合宿、校外学習、遠足を行いました。学校を離れて、友達と一緒に自然体験をする中で、市邨生としてのアイデンティティーが形成されていくと思います。

明日5月3日は、市邨学園の創立記念日です。

本校は、115年前の1907年(明治40年)に市邨芳樹先生によって創立されました。この日に布池町の市邨先生の自宅で入学式が行われ、5月8日から下竪杉(しもたてすぎの)町の仮校舎で授業が始まりました。名古屋女子商業学校の始まりです。入学生は26名だったそうです。

そのころは、義務教育が4年から6年に拡大された頃で、中学校は男子だけが通うことができました。女子が学校に通うということは当たり前ではありませんでした。当時、名古屋商業学校(いまのCA)の校長をしていた市邨芳樹先生は、これからの日本の発展のためには男子だけではなく女子にも商業教育が必要だという先進的な考えのもと、自ら出資して名古屋女子商業学校を設立したのです。ですから、CAに対して、GCAと名乗りました。GirlsのGを付けたのですね。それが今の市邨高校・中学校の始まりです。その建学の精神は、「一に人物、二に伎倆」で、CAも同じ校訓を掲げています。その先進性を持って、社会を牽引していくという姿勢がいまも市邨に息づいているのです。

 

5月3日というと憲法記念日に重なりますが、憲法が制定されたのは、第2次大戦後の1947年のことですから、ずっと後のことです。

 

本校が、現在の地に移ったのは、戦争後の1954年(昭和29年)のこと、そして、男女共学になったのは2002年(平成14年)です。この時、商業科を廃止して、普通科となりました。校名が現在の、名古屋経済大学市邨中学校・高等学校になったのもこの時で、制服も新しくなり、校歌も現在の校歌が制定されました。現在の制服は2017年に、伝統の臙脂色を復活させたうえ、最新の素材と斬新なデザインを採用したものです。現在も進行中である学校改革の一環として制定したもので、チャレンジを続ける伝統校にふさわしいものとなっています。

 

 市邨学園は、創立以来、時代の動きを先取りする先進的な学校教育を行ってきました。私たちは、この歴史と伝統を受け継ぎながら、チャレンジを続けていきたいと思います。現在も市邨は、実用的なICT教育環境を整え、生徒一人一台のiPadを活用して、他校に先駆けて、生徒を主役とする新しい教育にチャレンジしています。

 生徒の皆さんが、このような世界的な危機の中にあっても、市邨生としてのアイデンティティーを大切にして、誇りを持って、学び続けるよう期待しています。

 

 本校では、創立記念日にあたって、毎年、市邨の建学の精神を体し、人物・学業にすぐれた生徒に「市邨賞」を贈って、その努力をたたえ、表彰しています。今年は、高校からは、本田茜(ほんだあかね)さん、中学は鈴木宙(すずきそら)さんが選ばれ、5月10日に表彰式を行います。これを励みにして、生徒の皆さんが建学の精神を受け継いで努力して欲しいと思います。

 

 今年で創立116年目になります。さらに新しい「これからIchimura」を作りましょう。